概要
ことば | ノセボ効果 |
---|---|
よみがな | のせぼこうか |
英字表記例 | nocebo effect |
表記ゆれ | ノシーボ効果、ノーシーボ効果 |
意味
科学的に説明不可能な望ましくない変化の原因。特に、医療における説明不可能な有害事象の原因。
説明上の便宜のために創造された説明原理。
有害事象の例
- 副作用
- 増悪(病状・症状の悪化)
ノセボ効果とプラセボ効果
薬効成分を含まない偽薬を服用しても効果はない、という主張は、現実と合致しません。
偽薬でも、それを服用した人に身体的、精神的な変化を及ぼしたと認識できる現象が現実に観察されています。
変化の方向性という視点
偽薬の服用行為による変化には、方向性という観点から大きく2つに分けられます。
- 望ましい変化
- 望ましくない変化
偽薬の服用行為による望ましい変化を「プラセボ効果」と称しますが、望ましくない変化は「ノセボ効果」と呼ばれます。
ノセボ効果は、プラセボ効果の対義語です。
プラセボ効果を「偽薬効果」という場合があることに対応して、ノセボ効果を「反偽薬効果」とすることがあります。
説明原理
プラセボ効果とノセボ効果はいずれも、説明不可能性という特徴を共有しています。
説明原理とは、説明するという目的のために創造された便宜的な概念です。
説明原理は、説明不可能性という特徴を、言語を用いて、論理的に言い表すために必要とされます。
望ましさという評価基準
望ましいか、望ましくないかという変化の方向性についての評価基準は、科学や医学よりむしろ、人間の欲望に基づいています。
その変化を望むのか望まないのかは、その人それぞれの欲望を基準に判断されることになります。
望ましさという価値体系は、科学や医学により客観的に設定されうるものではありません。
ノセボ効果の用例
ノセボ効果は、偽薬を用いる医薬品の臨床試験においてたびたび観察される現象です。
副作用の説明
例えば、臨床試験で用いる被験薬の服用前に、副作用の説明がなされるとします。
この薬は、副作用として吐き気を起こすことがあります。
そう説明すると、たとえ服用させたのものが偽薬でも吐き気を起こしうることが知られています。
- 偽薬の場合、吐き気が起こる変化を、何らかの成分が原因だと説明することができない
- 吐き気は、望まない変化
こうした場合に、上記の理由から、吐き気が起こる変化はノセボ効果によるものだと判断されることになります。
思い込みではない変化
実際に吐き気を訴えている人に対して、「それ、ただの思い込みですよ」と言ってしまうのは他人の傲慢さ以外の何物でもありません。
この場合、実際に吐き気という望ましくない変化は実際に起こっている判断し、それが科学的に説明不可能であることを理解した上で、「それはノセボ効果と呼ばれるものです」と伝えることがスマートな対応となります。
ノセボ効果は副作用か?
一見するとノセボ効果は副作用と似ていますが、そもそもプラセボに副作用はあるのでしょうか?
副作用とは
この問題を考えるためには、「副作用」という言葉の意味を明確にしなければなりません。
ふく・さよう【副作用】
『広辞苑』(岩波書店、第六版)
医薬の一定の作用を利用して治療しようとする時、それに伴って、治療の目的に沿わないか、または生体に不都合な作用が起こること。また、その作用。
医薬の一定の作用は、「主作用」と言い換えることが出来るでしょう。
投薬治療は一般に、主作用の作用機序を利用します。作用機序は、特定の組織、細胞、生体内分子を標的としていますが、標的だけで働くわけではありません。
したがって、副作用の狭義の解釈は以下のようになります。
主作用と同じ機序により、標的とする組織や細胞や生体内分子以外で引き起こされる不都合な作用
偽薬の主作用・副作用
副作用というとき、その対義語として、常に薬理学的な主作用が想定されています。
しかしながら、偽薬には主作用と呼べるような作用がありませんので、狭義の意味での副作用は存在しません。
では、より広い意味で副作用を解釈してみるとどうでしょうか。
副作用としてのノセボ効果
『広辞苑』における副作用の語義説明から、「の一定の作用」を取り去ってみます。
ふく・さよう【副作用】
『広辞苑』(岩波書店、第六版)を一部改変
医薬を利用して治療しようとする時、それに伴って、治療の目的に沿わないか、または生体に不都合な作用が起こること。また、その作用。
作用機序に縛られることのないこの定義は、ノセボ効果と合致します。
作用機序とは、作用に関する科学的な説明です。科学的な説明ができないことを特徴とするノセボ効果は、作用機序という観点を取り入れることができません。
また以下の表現はいずれも、望ましくない変化の、望ましくなさを表していると捉えることができます。
- 治療の目的に沿わない
- 生体に不都合な作用が起こる
まとめ
医薬品の[主作用⇔副作用]という関係から、「一定の作用」という作用機序にかかわる観点を排除すると、偽薬における[プラセボ効果⇔ノセボ効果]と対応します。
望ましい変化 | 望ましくない変化 | |
---|---|---|
作用機序を考慮できる | 主作用 | 副作用 |
作用機序を考慮できない | プラセボ効果 | ノセボ効果 |
医薬品のノセボ効果
ノセボ効果を望ましくない変化と積極的にマイナス方向へ評価する意見がある一方、別の意味に解釈することもあります。
医薬品の薬効を減じるノセボ効果
別の意味とは、医薬品の真の効果を減じるものとしてノセボ効果を捉える発想です。
- 医薬品など、治療に対する不信感
- 治療者に対する不信感
- 治癒することへの不安感
上記のような事柄により実際に薬の効き目が小さくなる、あるいは全くなくなってしまうことがあります。
偽薬だけでなく、薬効成分を含む医薬品にもプラセボ効果やノセボ効果が生じる可能性があるためです。
医薬品の効果についての評価は、偽薬の場合よりも複雑です。
望ましくない変化の評価
医薬品の効果を評価する場合、以下のような加減算が想定されます。
医薬品 | 偽薬 | |
---|---|---|
主作用 | + | なし |
副作用 | - | なし |
プラセボ効果 | (+) | + |
ノセボ効果 | (-) | - |
偽薬の場合、望ましくない変化が現れると、それはノセボ効果だと認識されます。
一方、医薬品の場合には、望ましくない変化が現れると、それは副作用だと認識されます。ノセボ効果だとは認識されません。
医薬品について効果を評価する場合、一般に、プラセボ効果やノセボ効果は過小評価されます。
この事実は恐らく、プラセボ効果やノセボ効果が作用について科学的な説明ができないことに由来しています。
無効の評価
さて、望ましい変化も望ましくない変化も現れない場合にはそれぞれどのよう認識されるでしょうか。
偽薬の場合、効果が現れないのは当然だと認識され、特別な解釈や言明の対象となりません。
一方、医薬品の場合には、望ましい変化である主作用が得られなかったという事実は、なんらかの望ましくない変化、すなわちノセボ効果によって打ち消されたと認識されることがあります。
医薬品 | 偽薬 | |
---|---|---|
望ましい変化 | 主作用(+プラセボ効果) | プラセボ効果 |
変化なし | ノセボ効果、相性が悪い | (言明しない) |
望ましくない変化 | 副作用(+ノセボ効果) | ノセボ効果 |
なお、医薬品について、効果が現れない現象を「相性が悪い」などのあいまいな言葉で非科学的に説明することがあります。
ノセボ効果という場合には、医薬品の場合と偽薬の場合で意味が異なります。
また、服用による変化がなかった場合に、「副作用がプラセボ効果により相殺されたため、望ましくない変化が起こらずに済んだ」とは決して評価されません。
評価が偏る理由は、医薬品の服用・投与において生じる主作用に対する期待感です。期待は認知を歪めることがあります。
社会的ノセボ効果
ノセボ効果は医薬品だけに適用されるものではありません。不安感や不信感のある所には、どこでも有害作用としてのノセボ効果を生じます。
メディア報道と不安・不信
仮に、下記の内容がテレビ・新聞等で大々的に報道されたとしましょう。
風力発電装置の発する重低音波が半径10km以内に居住する住民の健康に悪影響をもたらすことが、研究により明らかとなった
こうした報道があった直後、数年来なんともなかった近所の住民において、頭痛や吐き気の訴えが増える傾向があります。
この時、ある種の思い込みにより引き起こされる悪影響の結果として、社会的なノセボ効果の存在が指摘されます。
ノセボ効果の検証不可能性
社会的なノセボ効果、報道の影響によるノセボ効果は実感される効果として実際に人体に影響を及ぼしうるものですので、科学的な検証よりむしろ感情的で性急な結論を導きがちです。
また「影響がある」と主張することと比較して「影響がない」ことを証明することは非常に難しく、多くの場合には不可能であるため、迅速かつ広範で画一的な広報・報道が達成された日本のような社会においては、様々な規制が増えていくことが多いようです。
対象物の影響による真の効果であるのか、はたまた思い込みによる社会的ノセボ効果であるのか、これらを見分ける現実的な手段は存在しません。
医療社会学/医療人類学の見地から
健康とは何か、何を医療の対象とするか、どのような現象を好ましいものとして受け容れるか、またどのような現象を好ましくないものと捉えるか、などの問題は社会的に決められます。
医学や自然科学が求めがちな絶対的基準のようなものはそこには存在しません。
不死欲望とノセボ効果
ノセボ効果に関して言えば、それが好ましくない結果であることは社会的に決定されています。
資本主義に基づいた現代社会における価値の基準は欲望を措いて他にありません。
多数のヒトが死にたくないと考え不死を欲望するなら、死につながる以下のような行為もノセボ効果の研究対象となります。
- 病名告知
- 死期の宣告
- 死の呪術
プライミング効果とノセボ効果
また治験においては、事前に副作用の具体例を示唆したことにより、実際に副作用の訴えが増加するという問題も抱えています。
事前に与える情報が無意識のうちに影響を及ぼす現象をプライミング効果といいます。
副作用の訴えのような望ましくない変化を発揮する場合には、これをノセボ効果の問題として捉えることができます。
純粋な科学として医療を捉えるという発想は限界を迎えています。医療を社会的なものと考えるにあたって、ノセボ効果を無視することはできません。