概要
ことば | 偽手術 |
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よみがな | ぎしゅじゅつ |
英字表記例 | sham operation, sham surgery, phantom surgery |
意味
何らの治療行為の完遂をも目的としない、見せかけの外科的処置。
表記・呼称ゆれ
偽手術は疑似手術やプラセボ手術と表記されることもあります。
また臨床では、「シャムオペ」という英語由来の呼称が用いられることがあります。
英語の「sham」には「見せかけの、にせの、模造の」といった意味があります。
対照としての偽手術
もともとは動物実験における手術の有効性や結果の差異を証明するための対照群として、偽手術群が設定されました。
偽手術群とは、患部切除や組織再建などの本来なすべき外科的医療行為を行わず、麻酔と皮膚切開を施すなど見せかけの手術だけを行うグループです。
手術の有効性や結果の差異を検討する場合、実際に手術を行う治療群を、何もしない非治療群と比較したのでは、両者で異なる要素が複雑すぎて正しい判断ができないのです。
例えば、介入群と非介入群では以下のようなリスク要素に違いが生じます。
- 手術の際に麻酔をする
- 皮膚切開時に臓器が空気に触れて乾燥する
- 出血あるいは細菌感染
こうした、本来なすべき外科的医療行為以外のリスクも考慮して手術の効果を勘案しなければなりません。
そこで偽手術群を設定して治療群と比較し、本来の手術を行った治療群との差異が著しく大きければ、その手術の効果が証明されるというわけです。
動物実験における偽手術の例
少々荒っぽい例ですが、盲腸の機能を知りたいと思って実験用マウスを麻酔下で開腹し、盲腸部を切除後、盲腸切除部および開腹部の縫合を済ませた場合、偽手術群としては上記操作の内、盲腸を切除せず切開して縫合したものが適当であると考えられます。
治療群
- 麻酔下で開腹
- 盲腸部を切除
- 盲腸切除部および開腹部の縫合
偽手術群
- 麻酔下で開腹
盲腸部を切除- 開腹部の縫合
プラセボ手術とは?
プラセボ手術はプラセボの一形態として、特に治癒効果がないと考えられる外科的な医療行為を指します。
プラセボ手術が偽手術と訳されるのはこのためです。
手術によるプラセボ効果の例
例えば、プロスポーツ選手などが度々受ける膝や肘など関節部の手術において、治癒効果があると考えれれているのは半月板の修復や切除など具体的で高度な医療行為です。
しかしある場合には、具体的な手術を行うと宣言しておきつつ、実際にはただ切開傷を付けただけの偽手術を行っても、痛みの軽減や可動範囲の拡大など治癒効果が得られることがあります。
こうした科学的に説明のつかない治癒効果は、プラセボ効果と呼ばれています。
プラセボ効果をもたらすプラセボ手術
我々が生きている現代においては、科学的・医学的に説明不可能な治癒効果は一般的にプラセボ効果と呼ばれます。奇跡などとは言いません。
プラセボ効果をもたらす全ての物事はプラセボと言えるので偽手術はプラセボですが、投薬治療での偽薬との違いを明確にするために「プラセボ手術」と表記されることがあります。
報告例
なお2002年に発表された下記論文が、そうした手術によるプラセボ効果を世に知らしめることとなりました。
A Controlled Trial of Arthroscopic Surgery for Osteoarthritis of the Knee
N Engl J Med 2002; 347:81-88July 11, 2002DOI: 10.1056/NEJMoa013259
偽手術における二重盲検法
何らかの具体的な医療行為の有効性を統計的に証明する場合、適切な対照が求められます。
それが薬の形をしているならば、薬効成分としての効果を証明したい化合物を含まない偽薬を用意して、被験者と医師・看護師等の双方がそれを知らされない二重盲検法により適切な対照群を設定することができます。
しかし偽手術の場合、そうはいきません。術者や補助のスタッフは、明らかに「手術」か「偽手術」か判別できてしまうからです。
盲検化への最大限の配慮
そこで偽手術を行う際には、手術台で被験者と術者が出会うまで、まさに今から行われる手術が「手術」と「偽手術」どちらなのか知らせない方法がとられます。
手術台へ向かう際の心構えや各種準備、被験者とのやり取りに差が出ないようにするためです。
より正確に言えば、いついかなる場合にも「これからおこなわれるのは(ホンモノの)手術だ」と考えながら全ての手順を踏むようにします。
これは二重盲検法ではなく「単盲検法」と呼ばれる方法になりますが、偽手術に関する実験はできうる限りの盲検化への努力がなされた上で行われています。
手術の有効性はいずこに?
外科治療の歴史上、様々な手術法が開発・実践されてきました。しかし、過去に栄華を極めたいくつかの手術法は有効でないことが科学的に証明されてしまいました。
例えば、広く行われていた心臓の手術とプラセボ手術の有効性を比較してみたところ、術後の治療成績に統計的に有意な差が見出せなかったのです。
ただし、両手術に効果がなかったのではありません。確かに術後に快復する傾向があるものの両手術に差がなかったというだけなのです。
その手術の効果はプラセボ効果であることが証明されてしまった。ただそれだけのことです。
一般的に、プラセボ手術は実際に効果があると考えられている手術行為より簡便で迅速に行うことができます。高度な技術も要求されません。
どこまでの範囲かは分かりませんが、この見せかけの医療行為はその他のプラセボ同様、現在の医療を大きく塗り替える可能性を秘めています。